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「法定特殊能力第7種、認定番号5番の斉藤幸です。
坂島クリニックの坂島みちる医師に宛てられた診断書と紹介状を預かってきています。
診断書についてはあなたにも見る権利がある。見ますか?」

石見は坂島クリニックの患者ではない。

担当医療機関はこの街の公立病院だ。
幸の施術する対象はほとんどそうだが、その能力が必要だと判断した医師が坂島に幸の派遣要請を出す。

それを受けた幸はどこかその辺―例えばこのファーストフードチェーン―で患者と会うことになる。

坂島は幸に仕事を振り分ける「窓口」だ。
一体どういう経緯で彼女が選ばれたのか幸としては是非知りたいところだが、国からライセンスを貰った時点でそういうことになっていた。

幸は自分の能力に関してはプロフェッショナルだが、医師ではない。

そういう意味で、幸をサポートする医師はとにかく絶対に必要な存在なのだ。

「診断書・・・見たほうがいいんですか?」

石見は不安そうに尋ねる。

「あなたが見ても見なくても、どちらにしても僕が帰る頃には忘れてます。
それなら必要ないと思うか、それなら見てもいいと思うかはお任せします」

「そうか、忘れちゃうんですね・・・あれ?」

石見は遠くのものを見るように目を細めたあと、ふと何かを思いついたように首をかしげた。

「じゃぁ、斉藤さんのことも?」

「そうです。むしろ覚えてたら失敗」

石見が目を見開いた。

「・・・そうなんだ」

口元で呟くように言った後、「診断書、見せてください」と続けた。

幸は封筒を差し出すと、石見の向かいに座り、内側に水滴が見え始めたチーズバーガーの包みを開いた。

石見佑香の記憶を一部消去する、それが今回幸に依頼された治療の内容だった。





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自動ドアの外にまでマック独特の匂いが漏れ出している。

幸は大して空腹でもないのにレジの上に並んだメニューの写真につい目をとめ、そのまま流れに乗ってチーズバーガーとコーラを注文していた。

メールには「2Fにいます」と書かれていたのでトレイを持ったまま階段を上がる。

ビニール製の植物越しに目を走らせると、窓際の4人がけに1人で座っている制服の少女。
他にそれらしい人物もいないので、幸は階段の一番上に足をかけたままメールに返信してみる。
まだ5時を少し回った時間なのに外は真っ暗で、テーブルの上に置かれた少女の携帯が緑色に光りだすのがガラス窓に反射してよく見えた。

「坂島クリニックの者です」

幸が立ったまま声をかけると彼女はビクリと顔を上げた。真っ直ぐに伸ばした髪が揺れる。

「石見佑香さんですね?」

「・・・はい」

店内のBGMに消えてしまいそうな声で答える。
緊張しているのだろう。
自分ごときに会うために緊張するなんてなんて気の毒な、と幸は思う。

別に偉い人間ではない。ただ、少し珍しい人間ではあるけれど。

幸はとりあえず持っていたトレイを石見の向かいに置くと、左手の袖を少しまくって見せた。

手首の少し上にピッタリと巻かれた、継ぎ目のない樹脂製バングル。

KOU SAITO section7 no5 JPN

幸の能力が国家に認定されたものであるという証明だ。

「斉藤コウ、さん・・・?」

石見は覗き込み、声に出した。

「コウは幸せの幸です」

露骨な名前だと幸は思う。
そりゃ誰だって人生の目的は幸せになることだろう。
しかしもう少し婉曲的な表現はなかったのか。

石見は小さく息を吐いた。
笑ったのかもしれなかった。





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「お前は?」

「え?」

プリンターのインクを交換していた林は、ガチャンガチャンと音を立てながら聞き返した。
聞こえなかったのか、意味が解らなかったのか。

「お前のメシは?」

バチン、と本体カバーを閉めると、幸を見てにっこり笑った。
コピー機がガクガク揺れている。
やさしげな顔の割に案外乱暴なところなどは坂島と相性がいいのかもしれない。

「食べたよ。幸さん、もう2時だよ」

午後の診療は確か2時半からのはず、と幸が時計に目をやったそのとき、診察室と受付を区切っているカーテンがシャッと短い音を立てて切れ味するどく開いた。

「幸、練馬区と鎌倉、どっちからがいい?」

坂島薫はゴミ箱にコンビニの袋を放り込むと、幸に目を向けた。
細いフレームのメガネ。レンズ越しに視線が突き刺さる。
何にせよとにかく遠慮というものがないのが坂島で、医師としての資質を幸が一番疑っている点でもあるのだが、驚いたことに患者の評判は上々らしい。

もしかしたら、顔を合わせるごとに串刺しにされているのは自分だけなのかもしれない。

練馬区と鎌倉、近いのは練馬だ。
でも同列に扱われているということは、鎌倉の方が仕事としては簡単に違いない。

幸に持ち込まれる仕事は、依頼人のプライヴェートにこれ以上ないほど深く踏み込まなくては達成できない。なので、正式に契約するまで、その内容は全く知らされないのが常だった。
エッセンスは地名だけ。

「近いほう」

「そう言うと思ったわ」

坂島は満足そうに鼻から息を吐き出すと、幸について来いと手で合図し、自らはさっさと背を向けた。
どこで探してくるのか背中からウェストにかけて全く緩みの無い、少し短めの白衣から見事な脚が伸びている。
もし街中でこの後姿を見かけたら、思わず目を留めてしまったるするのだろうかと幸は想像し、薄ら寒い気持ちになった。
坂島を女だと思ったことはないが、後姿の美しい女性は好きだ。この矛盾。

「先生」

林が思い出したように声を出した。

「なに?」

「午後の診療、時間通り受け付けていいですか?」

「もちろんよ」

幸はもう一度時計を見る。
残り25分、これは面倒な仕事になりそうだ、と幸は何もわからないうちから既にウンザリしだしていた。







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坂島のような医師に診てもらいたいと思う患者がこの世に居ることを、幸(こう)はいまだに信じられないでいる。

小さいながら瀟洒なクリニック。
会員制バーのような扉を開けると受付があり、意表をついて若い男性が問診表を差し出す。

待合室にはモード誌とニューズウィーク。

目を留めるポスターも啓蒙的な医療パンフレットもない場所で朝晩問わず流れるジャズを聴きながら待っていると、名前が呼ばれ、恐る恐るくぐった診療室では坂島がにっこり笑って出迎える。

真昼の悪夢だ。

幸はここへ来るたび、患者用の入り口を眺めながらそう思う。


「こんにちは」

受付は小部屋のようになっており、その中へ入るとバイトの林が機嫌よく声をかけてきた。

「入っても大丈夫?」

「さっきご飯持って帰ってきたから少し待ってあげて」

「人を呼びつけといてメシかよ・・・」

「午前の患者さんが長かったんだよ」

今から2年前、最初に紹介されたとき林は18歳だと言った。
それが本当なら今年20歳になるはずなのだが、幸は絶対に年齢詐称だと思っている。
精神的には異常に落ち着いて大人びているが、対面して話してみると昨日出てきたばかりの新芽のような、無垢な印象ばかりが残るのだ。
坂島にだまされているのではないか、ちゃんと給料を貰っているか、と確認したくなる。







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幸はいつも部屋の電気をつけて眠る。
そうしないと夜中に目が覚めたとき、自分が誰で、どこで、何をしている人間なのかわからなくなるからだ。

夢の中で、幸はいつも幸ではない。
大人だったり子供だったり、女だったり男だったり。
でもいつも、自分以外の誰か。

小さな頃、まだこの【能力】を獲得する前は違ったのかもしれないが、幸の夢は常に他人のものだ。

そして夢を見てる間、幸はそれが夢だということを決して認識することが出来ない。

逃げ場のない夢。




ただし、それには必ず終わりがある。

目を覚ましさえすれば、幸は幸の人生を、夢とは無関係に生きてゆけるのだ。

それを幸せなことだと思えるのは何も自分につけれた名前のおかげではなく、その悪夢を実際に体験した他人が存在するからに他ならない。

他人の人生。

幸の夢は全て、かつて、この世のどこかで実際に起こった出来事。



正確には、「夢」ではなく「記憶」だ。




■つづく




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