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「あれ、幸さん?」

思わぬところで声をかけられ、幸は驚いて振り向いた。

林だ。

コンビニの明る過ぎる照明に浮き上がる、色の白いつるりとした顔。

「今日は出張だって聞いたのに」

「ああ、早く終わったんだ。思ったより手際のいい連中で」

「そうなんだ」

林はクリニックに居る時と変わらず、機嫌の良さそうな笑みを浮かべている。手にはプリングルスの長い缶。

「ジャンクフードなんか食べるのか」

「え?これ?食べるよ・・・変?」

「いや、こんな時間にそんなもの食べてても、健康そうに見えることは可能なんだな」

毛先まで新鮮な水が行き渡っているようなこの青年は、さぞや理想的な生活をしているのだろうと思っていたが、勝手な思い込みだったのかもしれない。

充血などしたこともなさそうな目を動かして、林は店内にかけられた時計を見た。

「・・・なんか食べる気うせちゃうよ」

笑いながら言いつつレジに向かう。

そういえば、幸は林のことを何も知らない。この辺りに住んでいるのだろうか?

艶のあるまっすぐな黒髪を見ながら、幸もレジへと向かった。



「幸さん」

「ん?」

自動ドアの前で林が言う。

「今日は随分目が黒いね」

「え?」

幸の目は、いつも黒い・・・と自分では思っているのだが。

見下ろした林は何故か少し意味ありげに笑っていた。

「幸さんは、仕事に行くたびに目の色が変わる。・・・知らなかった?」

「なんだそれ、どういう意味?」

「そのまんまだよ。昨日までは、栗の殻みたいな色してた」

何かの例えではないのか。

しかし、本当に虹彩の話をしているように林は言う。

「今は・・・黒い?」

「うん。ああいう明るいところにいくとよくわかる。クリニックとかね。部屋に戻って鏡見てみなよ。なかなか居ないよ、そんな真っ黒な目をした人」

林はそういうと「また明日」という言葉を残し、きびすを返した。

幸のアパートとは逆方向へ。

「・・・目の色?」

そういわれると、自分の目がどんな色だったか幸は全く知らない。思い出せないのではなく、意識して見たことがない。

しかし、人の目の色がそんなにコロコロ変わるはずは、ない。多分。

「あいつ、不思議ちゃんだったのか・・・」

林の後姿を見送りながら、幸は小さく呟いた。



  そんな真っ黒な目をした人は、なかなか居ない



林の言葉が引っかかり、幸はいつもより少し早足になった。







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目が覚めたとき、新幹線は丁度小田原を通過したところだった。

思ったより早く開放されたので、念願の日帰りを果たすことが出来たのだ。
時刻もまだ8時半。

無防備に寝てしまわないよう、幸はiPodに映画やポッドキャストを大量に詰め込んで持ち歩いているのだが、それでも睡眠不足には勝てず、いつの間にか眠り込んでしまったらしい。

半分も減っていない緑茶のボトルに手を伸ばす。

悪夢、とはいえないが、同じイメージばかり延々繰り返す夢を見ていたような気がする。

今日レコーダーで見た、あの「時間が飛ぶ」イメージだ。


『本日も東海道新幹線にご乗車いただきありがとうございます。まもなく新横浜に停車します』


スーツ姿のビジネスマンが占領する夜の車内にアナウンスが響く。
疲れた仕事人たちをそっと起こす天の助言。

(・・・先生)


新横浜で降りれば、地下鉄で30分もせずに養成所へ行くことができる。
幸が10代最後の数年間、そのほとんどの時間を過ごした場所。

『Ladies and gentlemen, we will soon make a brief stop at shin-yokohama. 』

隣に座っていた中年の男が立ち上がり、幸の頭上からバッグと紙袋を下ろし始める。

(ダメだ)

湯浅に話すとしたら、それは解決の報告でなくてはいけない。

自分はもう、彼の元を卒業したのだから。



   困ったことがあれば、いつでも来ればいい。
  お前は・・・誰かに相談したり、誰かを参考にするってことが出来ないからな。



あの違和感は幸の仕事を邪魔するものではない。

今すぐ解決する必要はない。



幸はそう自分に言い聞かせ、目を閉じてシートに背を深く沈めた。




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「結論から言うと、3人ともクロです」

「結論、ね」

刑事は胡散臭そうに幸を見下ろした。

研究所で3人分のスキャンを終わらせた幸を待っていたのは警察だ。その場で浅井の記憶【消去】を命じられ、済むや否や車に詰め込まれ、あっという間に捜査本部である。

「・・・と言っても俺の証言に法的な効力はありません。あ、これは【施術記録】です」

おそらく理解する気のない刑事は、幸がレコーダーから抜き出したカードを受け取ると慣れた手つきで簡単なメモを貼り付けた。

「それはあくまで俺の施術に対する証拠です。で、こっから先が捜査上の証言なので録音するならお願いします」

刑事は片方の眉を吊り上げると、黙って録音を始める。
おそらく、自分とは異なる世界の人間、【特殊能力者】と会話するのが面倒なのだろう。

「3名はそれぞれタカダ薬品中央研究所で自らが行った研究内容を持ち出し、複製して国外に持ち出しています。複製データは全てウェブ上に保存されており、それ以外の媒体は一切使っていませんでした。よって証拠はネット上にのみ存在します。アクセスの方法は、まず三田浩次から・・・彼の自宅のPCにパスワード保護された隠しファイルがあり、そこに暗号化されたアドレスが記載されています。ファイルのパスワードは6638171、ウェブのアクセスコードはtakatora。岸田は端末自体を隠しています。西宮の4D-roomというトランクルーム、ルームナンバーは22。無用心にもデスクトップ上にショートカットがあります。アクセスはIDが大文字の231Y0022B、パスワードはcream。最後、石川は」

幸はそこでいったん言葉を切り、薄いお茶を飲んだ。
薄すぎて何の種類だかわからない。

ここでは茶の味すら非日常的だ。


「・・・石川は、モバイル端末でダイレクトアクセス、パスワードは5291、以上」

「おい!web班呼んで来い!」

刑事がドアの外に向かって叫んだ。

「余計なお世話だと思いますが、証拠は既に消されている可能性があります」

「わかってる!」

「もしそうなっていたときには、俺の証言を疑うより前にまず証拠を含むwebページを復元する努力をしてくださいという意味です」

刑事の目つきがどんどん剣呑になってゆくが、幸はいちいちそんなことを気にしてはいられない。



「・・・情報はすぐにどこかへ消えていくものですが、俺は未来永劫、どこへも逃げられませんから」





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隣の部屋には次の被疑者がいるはずだ。
今と同じ方法で【消去】することができるだろう。

しかし、幸は足を止めた。

「・・・」

ほんの小さな違和感が何故か頭から離れない。

さっき、三田の記憶を見ている最中のことだ。
高速で流れる記憶の途中、一瞬だけプツリと幸の集中が解けた。

その後は何ごともなく、結局記憶の【消去】そのものは滞りなく完遂できたから問題はないのだが。

「・・・3回目だ」

眉をしかめて唇を噛む。

幸は被疑者がいる部屋のドアを2つスルーすると、空き部屋に入り、ドアを閉めて鍵をかけた。

ポケットから小型のレコーダーのような機器を取り出し、机の上に置く。

携帯電話くらいの本体から、コードに繋がった薄いパネルのようなものが伸びている。
このパネル部分はさっきまで幸の右手に仕込まれていたものだ。

今回のような件では、確かに記憶の【消去】が行われたという事実をどこかで証明しなくてはいけない。それが警察というものだからだ。

しかし厳密な意味での記録を残すことは不可能なので、このレコーダーで「一応証明したこと」としている。
幸がそんないい加減なことを決めたわけではない。
単に、まだ捜査システムとして組織に組み込むにはあまりに数が少なく前例もない【特殊能力】に対して、なんの仕組みも整備されていないというだけの話だ。

幸はレコーダーの小さな液晶画面を見つめた。三田の記録を再生する。


今回、幸が三田の記憶を【消去】するのに要したほんの数十秒の記録。

何度も再生して、食い入るように見つめる。あの違和感は確か最後の5秒くらいだったはずだ。

「データが粗い・・・」

苛立たしげにそう呟いた途端、幸は目を見開いた。

「・・・これ、か?」

ほんの小さな部位に、連続性のない変化が観察されたように見えた。

0.5秒という測定間隔の間で、その部分にだけ時間が「飛んだ」ような急激な変化が起きている。
まるで、アニメーションの原画を数枚抜いたようだ。
脳の、その部分だけ。

これがあの違和感の正体?

「原因は俺のほうにあるわけじゃないのか?」


静止したモニターに落ちていた幸の視線が、空をさまよいだした。









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「三田さん、入りますよ?」

幸はドアをノックする。小さな部屋だが面接用ではない。おそらく元は実験用に作られたスペースだろう。天井が高く、ガス栓やコンセントが必要以上に配されている。

少し落ち着かない気分になった。

この雰囲気は嫌いだ。

「・・・次は何ですか」

三田という男は椅子にぐにゃりと沈み込みながら、投げやりに発音した。

「お疲れのところすみません。すぐに済みます」

「?」

三田に近づき、手前の床に膝をつくと腕をまくってバングルを目の前に差し出した。同時に右手を三田の即頭部にさりげなくかざす。

「三田浩次さんですね?」

「そうですが」

「私はこういう者です」

三田の視線がバングルに移る。樹脂の表面に刻印されたアルファベットと数字を目で追うのを見ながら、幸はゆっくり話しかけた。

「これは・・・?」

「法定特殊能力第7種5番の斉藤です。今日はあなたの記憶をスキャンさせていただきに来ました」

「は?」

三田は一瞬考えた後、顔をゆがめて不快感を露わにした。

「ちょっと、聞いてませんよそんなこと!勝手にそんなことしていいと思って・・・」

「残念ながらもう終わりました」

「・・・」

三田の目を覗き込みながら幸がそう言うと、不思議そうな視線が返った。

「あ・・・?あの?どちら様・・・」

「すみません、部屋を間違えました」

幸はにっこりと笑い、立ち上がる。

「あ、そう」

「はい。お邪魔しました」

戻した袖でバングルを隠し、部屋を後にする。背後にはまだ三田の視線を感じたが、幸が「斉藤」の名乗ったことを含め、全て忘れているはずだ。








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「その内部告発者は特定できたんですか?」

「おおよそは。ただ、その人物以外に一体どれだけの人間が同様の疑念を持っていたかについては全くわからない状態です」

「・・・その辺はなんとかなるでしょう。人間の記憶はとても都合よく出来てますから、疑問の対象者が目の前から消えれば忘れてしまうことも大いにありえます」

「そんな対応で大丈夫なんですか?」

「むしろ根こそぎ対処しようとする方が無理がありますよ。記憶の一部を、なんの違和感も残さずに【消去】することはできません。
そこには必ず何らかの【つじつまの破綻】が残ります。
原因記憶のせいで病的な状態に陥っている人や、自ら望んで【消したい】と思うなら違和感が残っても本人は納得できるでしょうが、今回のように本人の了解無しに【消去】する場合、確率は低いですがその違和感に気づき、固執されると大変やっかいです」

「固執?」

「人は、自分の精神に何か【普通でない】ことが起きているかもしれないと疑うことが好きなんです」

「・・・」

幸は淡々と答え、3枚の資料を浅井に差し出した。

「覚えました。これ持ち出し禁止でしょ?」

「ああ、ありがとうございます」

「で、本人たちは?」

「社内で取調べ中です」

面倒な仕事は早く終わらせて、幸はできれば泊まらずに日帰りしたいと思いながら席を立った。

ホテルの何もない部屋で眠るのは、幸にとってはかなりの苦痛なのだ。

エレベーターは広く、誰も乗り込んでは来なかった。

「・・・その3名は、どんな状態なんですか」

「どういう意味ですか?」

「興奮しているとか衰弱しているとか、そういう意味です」

相手に動き回られたり、強く拒絶されたりすると【記憶のサーチ】はとてもやりにくい。
出来ないことはないが、それを3人分こなすのは重労働だ。

「自分達に疑いがかかっていることは解っていますし、ずっと取り調べですからね・・・普通ではないでしょうが。鎮静剤を打った方がいいですか?」

「様子を見て決めます。薬が入ると今度は混濁してくるので・・・トレードオフですね」

最後の一言は自分に向けて小さく呟いた。

扉が開く。






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