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クリニックのガラスのドアには内側からロールスクリーンが引かれていた。 時刻は22時すぎ。
「・・・そらそうか」
幸は立ち尽くしたまま、ぼんやりと呟いた。
せめて電話で報告しておこうと、その場で携帯を取り出した。
「あれ?」
真っ黒な画面。
そういえば、石見を片手に抱えたまま坂島と話したその後、通話を切った記憶が無い。
会話の途中で思考に迷い込み、そのまま【消して】、その後は脱力感を引きずりながら淡々と事後処理に突入していた。 その間ずっと放り出していた携帯、むしろポケットに入っていたことが奇跡かもしれない。 バッテリーは見事に使い尽くされて、起動することも出来なかった。
「くっそ・・・」
さっさと報告して、この【仕事】を終わらせてしまいたかった。
【消す】ときに、少しだけ垣間見えた石見の記憶がまだ瞼の裏に漂っている。 赤いぐちゃぐちゃとした最悪の映像。 彼女が1年間も抱え続けた体験。
幸は頭を強く左右に振った。
石見と同じ仕草で。
耐えられなかったのは彼女ではなく、自分だ。
苦しむ彼女を見守れなかった。
これでよく再審査などと言えたものだ・・・
そのとき、クリニックのガラスドアを目隠ししていたスクリーンがスッと持ち上がり、その向こうにすらりとした女の姿が現れた。
「幸、なにやってるの?」
「・・・みちる」
「ボール持ったまま音信不通になるランニングバックなんて最悪ね」
坂島は悪態をつきながら幸を中へ招き入れた。 こういうときの坂島は口調こそトゲトゲしいものの、立ち振る舞いが妙に柔らかい。
通話の途中で返事がなくなり、そのまま何時間も連絡が取れないというのは確かに最悪だ。
待合室のソファにドッカリと腰を下ろすと、急に身体が重くなる。
坂島が差し出す水のペットボトルを受け取ると、一気に半分空にした。 暖かいお茶などは間違っても出てこないのだが、幸にはこのくらいの距離感が返ってありがたい。
「・・・患者は?」
坂島は壁のカレンダーを見ながら尋ねる。 日付が知りたいわけではない。そのほうが幸が話しやすいと思ったのだろう。
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