急な仕事だ。
いくつか入っていた予定を全て後回しにして、幸は関西地区にある、国内大手製薬メーカーの研究所にいた。
「該当者は3名。いずれも日本人。博士号取得後、アメリカで数年間ポスドクフェローをした後、当社へ採用されています」
担当者はこれ以上は不可能と思われるほど深刻な顔で幸を地下室に連れて行き、何枚かの資料を見せた。
「3名の間に関連はあるんですか?」
「採用時期も研究部門もバラバラです。もちろん、米国での所属機関も異なりますが・・・ただ以前に面識があったかどうかは我々では把握しかねます」
それはそうだろう。大きく見れば同じ自然科学者のくくりだ。
どこでどう知り合ってもおかしくはないし、その痕跡が必ずしも見えるところに物的証拠として残るとは限らない。
人間のつながりというものはそういうものだ。
「・・・そもそもスパイの疑いが浮上したきっかけは、内部告発です」
浅井と名乗った中年の担当者は、苦々しげに説明を続ける。
「彼らの研究チームから、匿名のメールが人事部に寄せられました。曰く『休日に出勤して、データを持ち出した可能性がある』と。お恥ずかしい話です」
「そうでもないですよ」
何がしかの問題が告発されて明るみに出るというのは、ある意味浄化機能を備えた組織であるととることもできる。
少なくとも、よからぬ事態を見て見ぬ振りで悪化させてしまうよりはずっとマシだ。
虫歯は歯医者に行かなければ治らない。
幸は3枚の写真を見比べた。
製薬メーカーからの依頼は警察を通してもたらされたもので、幸の通常の業務とは少し異なる。坂島の権限を、厳密には外れることになるイレギュラーな仕事だ。
【消去】の対象者3名には現在産業スパイの容疑がかかっている。
開発中の医薬品は、現在地球上に数億人の感染者と年間数百万人の死者をもたらしてる感染症のワクチンであり、その情報流出は国益を著しく損なうと判断された。
疑惑の3名から当該記憶およびその周辺記憶を読み取り、破壊する。
もちろん、これはマトモな活動ではない。
後日、この浅井の関連記憶を【消去】せよと当局からお達しが来る確立は、幸の読みでは50%だ。

