「お前は?」
「え?」
プリンターのインクを交換していた林は、ガチャンガチャンと音を立てながら聞き返した。
聞こえなかったのか、意味が解らなかったのか。
「お前のメシは?」
バチン、と本体カバーを閉めると、幸を見てにっこり笑った。
コピー機がガクガク揺れている。
やさしげな顔の割に案外乱暴なところなどは坂島と相性がいいのかもしれない。
「食べたよ。幸さん、もう2時だよ」
午後の診療は確か2時半からのはず、と幸が時計に目をやったそのとき、診察室と受付を区切っているカーテンがシャッと短い音を立てて切れ味するどく開いた。
「幸、練馬区と鎌倉、どっちからがいい?」
坂島薫はゴミ箱にコンビニの袋を放り込むと、幸に目を向けた。
細いフレームのメガネ。レンズ越しに視線が突き刺さる。
何にせよとにかく遠慮というものがないのが坂島で、医師としての資質を幸が一番疑っている点でもあるのだが、驚いたことに患者の評判は上々らしい。
もしかしたら、顔を合わせるごとに串刺しにされているのは自分だけなのかもしれない。
練馬区と鎌倉、近いのは練馬だ。
でも同列に扱われているということは、鎌倉の方が仕事としては簡単に違いない。
幸に持ち込まれる仕事は、依頼人のプライヴェートにこれ以上ないほど深く踏み込まなくては達成できない。なので、正式に契約するまで、その内容は全く知らされないのが常だった。
エッセンスは地名だけ。
「近いほう」
「そう言うと思ったわ」
坂島は満足そうに鼻から息を吐き出すと、幸について来いと手で合図し、自らはさっさと背を向けた。
どこで探してくるのか背中からウェストにかけて全く緩みの無い、少し短めの白衣から見事な脚が伸びている。
もし街中でこの後姿を見かけたら、思わず目を留めてしまったるするのだろうかと幸は想像し、薄ら寒い気持ちになった。
坂島を女だと思ったことはないが、後姿の美しい女性は好きだ。この矛盾。
「先生」
林が思い出したように声を出した。
「なに?」
「午後の診療、時間通り受け付けていいですか?」
「もちろんよ」
幸はもう一度時計を見る。
残り25分、これは面倒な仕事になりそうだ、と幸は何もわからないうちから既にウンザリしだしていた。

