クリニックで幸に依頼書を兼ねた診断書を見せながら、坂島は少し眉をひそめていた。
本人がどう思っているか知らないが、彼女は案外思っていることが表情に出る。
クールに見えるのは顔の造りのせいで、中身はそうでもない。
「パニック障害?それだけ?」
「そうよ」
患者は石見佑香という高校生。
1年ほど前、石見の住んでいたマンションの屋上から男性が飛び降りた。
38歳のその男性は12階分落下した後、石見の目の前でアスファルトに叩きつけられ即死。
ほんの数歩の差で巻き添えを免れた石見はその場に崩れ落ち、病院へ運ばれた。
全身血だらけだった石見は洗ってみれば実は擦り傷の一つも負ってはいなかったのだが、その日から現在まで通常の生活を取り戻すまでには至っていない。
「・・・タフだな。さすが、子供でも女だ」
「女に向かって言うことじゃない」
「褒めてる」
「うそつけ!」
坂島は嫌そうな顔で幸を睨みつけた。
「だって、学校に行ってるんだろ?」
「最近ね」
「なら俺の出番はない」
幸は読み終わった診断書を坂島に付き返した。
国からライセンスを支給されている以上、幸に仕事を断る自由はない。
結局はやらねばならないのだが、坂島相手に少し不満をぶつけるくらいは許されるだろう。
実際、坂島は遠慮なく幸に不満をぶつけてくるのだし。
「・・・良くならないらしい」
「まだ事件からたったの1年だろ」
「このままじゃ進学できない」
「・・・」
そういうことか、と幸は息をついた。
「症状と事件の因果関係がハッキリしてるし、その飛び降り男は患者とは何の関係もなかったことがわかってる」
「『失くしても』問題ない、と」
「そう」
坂島は腰かけていた椅子から立ち上がると、小さな冷蔵庫から水のボトルを取り出して直接飲んだ。
手の甲で唇をぬぐう後姿。
真っ直ぐ伸びた長い髪をキリリとまとめた小さめの頭は、後ろから見ると幾分頼りなく、潔癖なムードを漂わせている。
「・・・明日、行ってきます」
幸は自らを納得させるように、何度か虚空に向かってうなずいてみせた。
