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隣の部屋には次の被疑者がいるはずだ。
今と同じ方法で【消去】することができるだろう。

しかし、幸は足を止めた。

「・・・」

ほんの小さな違和感が何故か頭から離れない。

さっき、三田の記憶を見ている最中のことだ。
高速で流れる記憶の途中、一瞬だけプツリと幸の集中が解けた。

その後は何ごともなく、結局記憶の【消去】そのものは滞りなく完遂できたから問題はないのだが。

「・・・3回目だ」

眉をしかめて唇を噛む。

幸は被疑者がいる部屋のドアを2つスルーすると、空き部屋に入り、ドアを閉めて鍵をかけた。

ポケットから小型のレコーダーのような機器を取り出し、机の上に置く。

携帯電話くらいの本体から、コードに繋がった薄いパネルのようなものが伸びている。
このパネル部分はさっきまで幸の右手に仕込まれていたものだ。

今回のような件では、確かに記憶の【消去】が行われたという事実をどこかで証明しなくてはいけない。それが警察というものだからだ。

しかし厳密な意味での記録を残すことは不可能なので、このレコーダーで「一応証明したこと」としている。
幸がそんないい加減なことを決めたわけではない。
単に、まだ捜査システムとして組織に組み込むにはあまりに数が少なく前例もない【特殊能力】に対して、なんの仕組みも整備されていないというだけの話だ。

幸はレコーダーの小さな液晶画面を見つめた。三田の記録を再生する。


今回、幸が三田の記憶を【消去】するのに要したほんの数十秒の記録。

何度も再生して、食い入るように見つめる。あの違和感は確か最後の5秒くらいだったはずだ。

「データが粗い・・・」

苛立たしげにそう呟いた途端、幸は目を見開いた。

「・・・これ、か?」

ほんの小さな部位に、連続性のない変化が観察されたように見えた。

0.5秒という測定間隔の間で、その部分にだけ時間が「飛んだ」ような急激な変化が起きている。
まるで、アニメーションの原画を数枚抜いたようだ。
脳の、その部分だけ。

これがあの違和感の正体?

「原因は俺のほうにあるわけじゃないのか?」


静止したモニターに落ちていた幸の視線が、空をさまよいだした。









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「三田さん、入りますよ?」

幸はドアをノックする。小さな部屋だが面接用ではない。おそらく元は実験用に作られたスペースだろう。天井が高く、ガス栓やコンセントが必要以上に配されている。

少し落ち着かない気分になった。

この雰囲気は嫌いだ。

「・・・次は何ですか」

三田という男は椅子にぐにゃりと沈み込みながら、投げやりに発音した。

「お疲れのところすみません。すぐに済みます」

「?」

三田に近づき、手前の床に膝をつくと腕をまくってバングルを目の前に差し出した。同時に右手を三田の即頭部にさりげなくかざす。

「三田浩次さんですね?」

「そうですが」

「私はこういう者です」

三田の視線がバングルに移る。樹脂の表面に刻印されたアルファベットと数字を目で追うのを見ながら、幸はゆっくり話しかけた。

「これは・・・?」

「法定特殊能力第7種5番の斉藤です。今日はあなたの記憶をスキャンさせていただきに来ました」

「は?」

三田は一瞬考えた後、顔をゆがめて不快感を露わにした。

「ちょっと、聞いてませんよそんなこと!勝手にそんなことしていいと思って・・・」

「残念ながらもう終わりました」

「・・・」

三田の目を覗き込みながら幸がそう言うと、不思議そうな視線が返った。

「あ・・・?あの?どちら様・・・」

「すみません、部屋を間違えました」

幸はにっこりと笑い、立ち上がる。

「あ、そう」

「はい。お邪魔しました」

戻した袖でバングルを隠し、部屋を後にする。背後にはまだ三田の視線を感じたが、幸が「斉藤」の名乗ったことを含め、全て忘れているはずだ。








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「その内部告発者は特定できたんですか?」

「おおよそは。ただ、その人物以外に一体どれだけの人間が同様の疑念を持っていたかについては全くわからない状態です」

「・・・その辺はなんとかなるでしょう。人間の記憶はとても都合よく出来てますから、疑問の対象者が目の前から消えれば忘れてしまうことも大いにありえます」

「そんな対応で大丈夫なんですか?」

「むしろ根こそぎ対処しようとする方が無理がありますよ。記憶の一部を、なんの違和感も残さずに【消去】することはできません。
そこには必ず何らかの【つじつまの破綻】が残ります。
原因記憶のせいで病的な状態に陥っている人や、自ら望んで【消したい】と思うなら違和感が残っても本人は納得できるでしょうが、今回のように本人の了解無しに【消去】する場合、確率は低いですがその違和感に気づき、固執されると大変やっかいです」

「固執?」

「人は、自分の精神に何か【普通でない】ことが起きているかもしれないと疑うことが好きなんです」

「・・・」

幸は淡々と答え、3枚の資料を浅井に差し出した。

「覚えました。これ持ち出し禁止でしょ?」

「ああ、ありがとうございます」

「で、本人たちは?」

「社内で取調べ中です」

面倒な仕事は早く終わらせて、幸はできれば泊まらずに日帰りしたいと思いながら席を立った。

ホテルの何もない部屋で眠るのは、幸にとってはかなりの苦痛なのだ。

エレベーターは広く、誰も乗り込んでは来なかった。

「・・・その3名は、どんな状態なんですか」

「どういう意味ですか?」

「興奮しているとか衰弱しているとか、そういう意味です」

相手に動き回られたり、強く拒絶されたりすると【記憶のサーチ】はとてもやりにくい。
出来ないことはないが、それを3人分こなすのは重労働だ。

「自分達に疑いがかかっていることは解っていますし、ずっと取り調べですからね・・・普通ではないでしょうが。鎮静剤を打った方がいいですか?」

「様子を見て決めます。薬が入ると今度は混濁してくるので・・・トレードオフですね」

最後の一言は自分に向けて小さく呟いた。

扉が開く。






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急な仕事だ。

いくつか入っていた予定を全て後回しにして、幸は関西地区にある、国内大手製薬メーカーの研究所にいた。

「該当者は3名。いずれも日本人。博士号取得後、アメリカで数年間ポスドクフェローをした後、当社へ採用されています」

担当者はこれ以上は不可能と思われるほど深刻な顔で幸を地下室に連れて行き、何枚かの資料を見せた。

「3名の間に関連はあるんですか?」

「採用時期も研究部門もバラバラです。もちろん、米国での所属機関も異なりますが・・・ただ以前に面識があったかどうかは我々では把握しかねます」

それはそうだろう。大きく見れば同じ自然科学者のくくりだ。
どこでどう知り合ってもおかしくはないし、その痕跡が必ずしも見えるところに物的証拠として残るとは限らない。

人間のつながりというものはそういうものだ。

「・・・そもそもスパイの疑いが浮上したきっかけは、内部告発です」

浅井と名乗った中年の担当者は、苦々しげに説明を続ける。

「彼らの研究チームから、匿名のメールが人事部に寄せられました。曰く『休日に出勤して、データを持ち出した可能性がある』と。お恥ずかしい話です」

「そうでもないですよ」

何がしかの問題が告発されて明るみに出るというのは、ある意味浄化機能を備えた組織であるととることもできる。

少なくとも、よからぬ事態を見て見ぬ振りで悪化させてしまうよりはずっとマシだ。
虫歯は歯医者に行かなければ治らない。

幸は3枚の写真を見比べた。

製薬メーカーからの依頼は警察を通してもたらされたもので、幸の通常の業務とは少し異なる。坂島の権限を、厳密には外れることになるイレギュラーな仕事だ。

【消去】の対象者3名には現在産業スパイの容疑がかかっている。

開発中の医薬品は、現在地球上に数億人の感染者と年間数百万人の死者をもたらしてる感染症のワクチンであり、その情報流出は国益を著しく損なうと判断された。

疑惑の3名から当該記憶およびその周辺記憶を読み取り、破壊する。

もちろん、これはマトモな活動ではない。

後日、この浅井の関連記憶を【消去】せよと当局からお達しが来る確立は、幸の読みでは50%だ。










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こんにちは、ソノシオです。
連載中の「マージナル」はいくつかのシリーズにしたいと思っていて
タイトルごとにひとまとまりのお話になる予定です。
「石見佑香」の話はこれで一区切り、少しおいてまた再開します。
まだ出てきただけの人もいるし、出てきてない人もいるし・・・

お察しのとおり私は全くの素人ですが
こうしてブログで公開しているからには
とにかく途中で連載を放棄するのだけは嫌だと思ってます。
読書感想文でもレポートでも何でもそうですが、最後の1ページが一番しんどい。
でも、なんとかして最後まで書いて提出することが肝心なんじゃないかと思うのです。

そういうわけで、止まらずに終わらせることが目標です。
(滞ることはあると思いますが)
「話が面白い」とかは第二段階の目標ということで・・







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